「良い」か「悪い」で判断しない | シャーリーン・マン(Charlene Man)

No.006

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2018年初回は、香港出身のイラストレーター、シャーリーン・マンさん。インタビュー当日、ピンクのパンツとキャップをかぶっていたので「ピンクが好きなんですか?」と聞いてみたら、「ピンクを着ていると自分も明るくいようと思えるから、ピンクが好きなの。」と話してくれた。


両親の言うことは聞かずに、やりたいことを貫いてきた。

どのようなバックグラウンドから、絵を描き始めたんですか?

幼い頃から絵を描くことが好きだったというのが根本にあります。ただ、当時、将来的にそういった道へ進みたいかどうかは全然考えていなくて。両親は、アカデミックなことにフォーカスし、数学や英語に本腰を入れ、絵を描くことは趣味程度にして欲しいと思っていたみたいです。香港に住んでいた時には、両親が望むようなアカデミックなことをやっていくんだろうなと漠然に思っていました。でも、イギリスに引っ越したことを機に自分の中で少しだけ自由な考えが生まれ、そのタイミングで美術の先生が「君は絵を描くことに長けているから、アートを勉強した方がいい。大学でもアートを専攻するべきだ。」と、アドバイスしてくれたんです。

イギリスに移住されたのはいくつのときですか?

13歳の時です。イギリスでは中学校を卒業する前にGCSE(※1)という試験を受けるのですが、その試験で最高評価のAを取ることができました。Aを取ると3〜4つの科目を専攻できるのですが、私はその中の1つとしてアートを選択しました。両親からは「化学も選ばないとダメじゃない!」と言われましたが、アカデミックな科目を専攻する気はなかったので無視してしまいました(笑)でもその結果、美術を学べたのでよかったです。

大学進学時、最初はファッションコースを専攻したんです。でも、友達がイラストレーションのコースを受講していて、それがすごく楽しそうに見えてしまい、途中から同じ大学のイラストレーションコースに編入しました。私が通っていたロンドン芸術大学(※2)は世界的に知られた学校ではないけれど、イラストレーションを学ぶところとしてはイギリス国内では有名です。イラストレーションだけを専門的に教えてくれる学校ってなかなかないんですよね。また、イギリスでは職業としてイラストレーターが成り立っている。つまり、全員がそうではないけれど、イラストレーターとして食べていくことができるんです。でも、香港ではきっとそうはいかない。今は時代も変わり、職業として少しずつ認知されてきましたが、いまだに「絵を描いてるんだよね?全然有名じゃないじゃないけど、どうやって暮らしてるの?」って言われてしまうこともあります。

改めて振り返ると、ここまでこれたのはいい意味で親の言うことを聞かず、やりたいことを貫いたからなんだろうなって思います。親には「大学を卒業してから1年だけ好きなことやらせて!」って嘘をついて、それがダマシだまし続いて、今に至るんですけど(笑)悪いことしたなと反省しつつ、両親にはとても感謝しています。結果的にもよかったなと、今は思えています。

※1 イギリス、ウェールズ、北アイルランドで義務教育(5歳~16歳)を修了するときに受ける統一試験のこと。General Certificate of Secondary Educationの略。受験義務はないが、この試験の結果はその後の進学や就職の際の選考基準として重きをおかれる。成績評価はA~Gのグレードで評価され、大学進学希望者は、一般的に8~10科目を受験する。

※2 別名UAL。アート&デザイン分野に特化した6つのカレッジが集合するイギリスの国立大学。世界を代表する大規模な芸術大学で、有名なアーティストも輩出している。留学生も多く、 QS 世界大学ランキング 2016-2017 では、アート&デザイン部門でトップ5に入った。

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ー なぜイギリスに移住されたんですか?

父がイギリスで働くことになり、家族全員でついて行くことになったんです。「イヤ!絶対に行かない!」って、一度は全力で拒否したんですが、さすがに私だけ香港に残るわけにもいかず。

拒否された理由は、言語とかも関係ありますか?香港はイギリスに統治されていたから、香港の方は英語が堪能なイメージがあるので、イギリスへ引っ越してもコミュニケーションで困ることはないんだろうなと。

確かに、他の中華圏と比べれば英語はできる方です。でも、日常的に使うことはないから誤りも多くて。ライティングは勉強していたのでまだマシでしたが、スピーキングはダメダメ。今はだいぶ良くなりましたが、当時は知らない単語も多くて、わからないことも結構ありましたね。でもやっぱり1番難しいのは文法です。なんせ、広東語と英語の文法が違いすぎる(笑)自分の言いたいことがちゃんと英語で表現できるようになったのは、大学に入ってからでしたね。それまではずっと学び続けているって感じ。ある程度喋れましたけど、ペラペラではなかったんです。

香港に住んでいた時も、アートへの興味はゼロではなかったわけですよね?

音楽や美術の授業はありましたが、どんなことを学んだかも全然思い出せないくらい特別な感情はなかったです。イギリスに移住した時に美術の歴史を学んで、そこで初めて興味を持った感じです。日本は特にそうかもしれませんが、アジアではマンガやアニメがポピュラーですよね。マンガはよく読みましたが、作る側になりたいという気持ちは芽生えていませんでした。

香港とイギリスの2つの国の文化が、作品に影響をもたらすことはあります?

最初は自分で気づいていなかったんですが、アニメのタッチを少し足した絵を描くことが好きなので、それはアジア文化から影響されているかもしれません。ユーモアをプラスすることも好きで、私のユーモアは、イギリスで属に言われているユーモアとは少し違うので、その中間くらいを表現しているかもしれません。ブリティッシュジョークは皮肉要素が多めですが、中華圏はもっと単純でわかりやすいものなので、私の場合、ある時は皮肉に寄せてみたり、ある時はわかりやすいものになったりと、一辺倒ではないですね。

香港に住んでいたときの10数年間はとても大切で、そんな思い出が詰まった香港を、イギリスに住む人たちに紹介できるプロジェクトをやりたいといつも考えています。私たちからしたらホントびっくりだと思うんですけど、多くの人がこのご時世に「香港って、日本にある都市だよね?」とか言ったりするんです(笑)そういうのはちょっと悲しいじゃないですか。

ー え?!マジですか?!(苦笑)

ね、そうなりますよね!私たちからしたらありえないでしょ(笑)「冗談はやめてよ!」って言いたくなるじゃないですか。でもよく考えてみると、自分が住んだことのある地域や文化のこと以外は詳しく知らないのが普通なんです。香港は、戦後しばらくイギリスに統治されてましたけど、それでも香港に来たことのないイギリスの方はいっぱいいて。香港は小さいけど、なんでもそろっている良い街。だから、そのことを広めたいし、自分のルーツも知ってもらいたいって思っています。香港に住んでいたからこそ知り得る知識と、イギリスに来て学んだビジュアル表現で、少しでもアジアのことを知ってもらえればと思います。

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「怠けてしまうときがあってもいいんだよ」って伝えたい。

イラストを描かれる際、毎回コンセプトは設けているんですか?

プロジェクトにはタイトルとテーマを常に設けるようにしています。これは大学で学んだことで、何か思い浮かんだときは必ずメモを取るようにしています。アイディアが決まったら、タイトルをつけて描き始めます。コミックを作った時も、ショートストーリーから描き始め、そのままアイディアを広げていくという感じでしたね。展示をするときにもテーマは毎回決めています。コミックは、私の作品を見てくれた方と交流ができたらという想いから制作しました。本は平面的だけど、人の手でめくって読むというアクションが伴う。その行為がひとつの“交流”だと思うんです。オンラインで画像を見たり、Instagramで写真を検索したりしても、アクションが伴わないから見たものをすぐに忘れてしまうと私は思っていて。物理的に触れることは、オンラインで画像を見ることと大きな差があるはずなんです。紙の質感や匂いもそう。だから物理的なものを作りたいし、できるだけ自分の痕跡を残せるようにしています。

物理的なものの良さは確かにありますね。

そうなんです。だから、物理的にたくさんの人や作品と出会えるアートブックフェアに行くことが好きなのかもしれません。SNSが広まって、実際にその人に会わなくても、ある程度知れるチャンスがあるじゃないですか。もちろん、フォロワーが増えるのはうれしいし、SNSから私を知ってくれて、その後実際に足を運んで作品を見にきてくれる人もいるので、辞めたりはせず発信し続けたいとは思います。でも、フォロワーの皆さんとはほとんど会ったこともないから、知らない人も多いし、私のこともよくわからないと思うんですよね。でもに直接会えれば、きっと違う体験ができるし、SNS上でつながっているだけより、もっと強い関係が築けるんじゃないかっていつも期待しています。

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ー 顔を合わせて話すのと、オンライン上でのコミュニケーションは全く違うものですよね。人との出会い以外に大切にされていることはありますか?

特に今の時代は、誰が何を最初に始めたかわからないし、新しいと思っても既存であることって結構多いですよね。だから私にとっては、何よりもアイディアが大切です。そのアイディアをどう描いて、どうコミュニケーションに繋げるかを考えています。様式上であれば、ピカソのような絵も多分描けると思うんです。でも、ピカソの“ような”絵はかけても、当時ピカソが持っていた彼のマインドまで引き継ぐことはできないんですよね。だから、圧倒的な違いがやっぱり生まれてしまうし、ピカソのマインドはピカソしか持ち合わせていないんです。自分のマインド、つまりアイディアを確立することが、うまく描く技術よりも不可欠なことだと思うんです。

上手な絵を描くことが頂点ではないということですが、ゴールは設定されていますか?

あえて、長いスパンのゴールは設けないようにしています。現実的に可能なことを、きちんと成し遂げるということに注力したいので、大きすぎる目標は掲げません。おととしは「個展をやる」という目標を立て、結果、達成できました。去年はもっと展示を開催し、さまざまな場所へ出向き、普段会えない人に会うということを目標にしていました。本当はロンドンに拠点をおき、いったん落ち着こうと思っていたのですが、気がついたら旅行をスタートしてしまっていて(笑)でも、行く先々で多くの作品を見られたのは収穫でしたね。去年は存分に旅を楽しんでしまったので、2018年は自分のプロジェクトに多くの時間を費やそうと思っています。

他のアーティストとコラボして、共同制作をされたりすることもあるんですか?

大学の友達と一緒に制作することはちょくちょくあります。でもずっと一緒にやり続けているわけではなく、一緒にやる時期もあれば、そうでない時もあるという感じを6年くらい続けています。最近はみんなそれぞれ忙しくてなかなか一緒にできていないんですが、一番最近だと、大学卒業後から今までの話をまとめた短編のコミックをみんなで作りました。

話は変わりますが、「だらだら(※3)」のコンセプトはどこから生まれたんですか?個人的にすごく好きで(笑)

ロールモデルを決めて描き始めたわけではないんですが、あれは私でもあるというか。あのキャラクターが生まれたのは、両親がイギリスで引っ越しをしようという時でしたね。当時私は香港で働いていたのですが、ロンドンに私の荷物が山ほどあるから整理しに来てくれと言われたんです。荷物が多いことは自分でも重々承知していたので、仕事を辞めてイギリスに帰りました。帰ってからの数週間たったある日、突然母が「毎日サボってないで仕事を探しなさい。」と私に言ってきたんです。そのとき私は「サボるってなに?そもそもなんで怠けていちゃだめなんだろう?怠けるってそんなに悪いことなの?」と疑問に感じて。その時に、怠けることを受け入れて、何もしていないときがあってもいいってことを外にも発信したいと思ったんです。

何年か前にロンドンで、自分の人生について瞑想(めいそう)をすることが流行した時期があったんです。受け取り方によっては、瞑想なんて無駄だと考える人もいて、「みんなに良くなったって思われたいから実践しているのかもしれないけど、実際に良くなったの?」「本当に効くと思ってやってる?みんながやってるから、それにのっかてるだけじゃない?」というような意見も結構あったんです。そういうのを聞いていたら、別に理由なんて必要なくて、瞑想したい時にすればいいよって、言ってあげたくなって。たとえ何て言われようと、人からの見られ方なんて気にせず、自分がよければいいじゃんって。そしたらある日、ヒンドゥー教の絵画を見かける機会があったんです。色も構成も素敵だったけど、何より、自分の作品とどこか同じVIBEをその時感じたんですよね。のちに開催した展示会は、ヒンドゥー教からの影響もあり「だらだら」をコンセプトにしました。とにかく、ネガティブに見えてしまうものでもポジティブに感じ取ってもられるよう、作品をアウトプットしたかったんです。もしかしたらそこが私のゴールかもしれません。今でも、人に迷惑をかけるようなことをしなければ怠けたってハッピーであればいいじゃんって思うんです。

※3 DOWN TIME(日本語で「だらだら」)の展示をやった時の様子

※3 DOWN TIME(日本語で「だらだら」)の展示をやった時の様子

 

何が1番好きかなんて、全部試してみないとわからない。

ー 急にイギリス行きが決まったということでしたが、振り返ってみて、シャーリーンさんにとってイギリスはたどり着くべきところだったと思いますか?

そうですね、自分の可能性を広げてくれたところなので、私にとってなくてはならない出来事でした。ペンで描かなくてもいいし、絵の具や筆を使わなくてもいい、好きなものを使って絵を描いていいよって教えてくれたのもイギリスに来てからだったので。香港は大好きだけど、やれることが制限されていたように私は感じてしまって。香港にいた時では考えられないような絵の表現の仕方を学ぶことができたのは大きいですね。

- ロンドン以外の場所に拠点を移すことも考えていたりしていますか?

そうですね。考えているし、台北に2ヶ月間住んで、そのあとベルリンに1ヶ月住んでみたんですが、なかなかうまくいかなくて。台北には友達もいたし、楽しかったんですけど、ベルリンの方がビサは取りやすいって聞きますね。

ドイツにはアーティストビサ(※4)がありますもんね。

そうなんです。ただロンドンよりも作品を見てもらえる機会は減ると思うんですよね。ただ、光熱費や食費などの生活費は安いので。ロンドンは本当に生活費にお金がかかる!ロンドンに住むって決まってからいろんなものをあきらめましたよ(笑)だから、大好きだけど、同時にちょっと嫌いみたいな感情も若干あります(笑)

※4 現地で芸術的な活動(デザイン、写真、音楽、演劇など)ができるフリーランスビザのこと。

じゃあ、ベルリンに移る可能性もあるかもしれないってことですね。

もしかしたらですかね。移住するとしたら作業ができるスタジオが必要なので。旅行していて再認識したんですが、常に移動している状態だと、その期間中に制作を進めるのはとても難しいんですよね。台北は安くて良かったんですが、仕事を得られる機会がロンドンやベルリンと比べるととても少ないので、そう考えると住むのは難しいかもなって思っています。自分が好きなことをずっとやっていたい、暮らせるだけ稼げればいいって思う人は、ベルリンや台北はとてもいい街だと思います。

ー 最後に、何か追求していることがあったら教えてください。

なかなかいい質問ですね(笑)今は、より好みせずにいろんなことをやってみようと思っているので、何かを追求することは特に考えていなくて。それと同様に、自分のスタイルもまだ決める必要はないと感じています。友達に「なんでそんなにコロコロとスタイルが変わるの?迷っているの?」と言われたりもするんですが、それがある意味私のスタイルだなと。そもそも何が一番好きかなんて、いろいろ試してみないとわからないと思いませんか?だからこそ、新しいことを試し続けていきたいんです。スタイルが定まらないと仕事の機会が減ったりする可能性があることも理解していますが、それでも本当に好きなことがしたいんです。例えば、私はパステルカラーが大好きで、パステルカラーで描きたい。でも今使っているパステルが自分にとって1番かはまだわからない。だから探し続けていきたいんです。

ー なるほど。追求しているというよりは1番好きなことを探している途中だということですね。

そうですね。イラスト作品以外にもたくさん作りたいものがあって、例えば大きめの彫刻作品や、3Dのもの。あとは将来的な話ですが、「何か」とか、「誰か」のためではなく、「自分」のために制作をしたいです。

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シャーリーン・マン(Charlene Man)

香港出身、イギリス在住のイラストレーター。大学を卒業後、いくつかの仕事に就くも、その後フリーランスに転身。パステルカラーを使い、ハッピーな絵を描くことを一つのテーマとしている。 今年2月には「dog」をテーマとしたグループ展を香港にて開催予定。          


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